昔の人たちが築いたアジア・アフリカの歴史を学ぼう
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アパルトヘイトについて

アフリカ大陸の南端のケープ植民地の辺りは17世紀以降いろいろな国の人間が入植し、1902年に南アフリカ戦争が終結すると、1910年にイギリス自治領の南アフリカ連邦となった。この時オランダ系とイギリス系の白人がアパルトヘイトという黒人や黄色人種を差別する物を作りだした。これに対しアフリカ民族会議という組織が誕生。しかしこの組織は黒人運動が高まることを危惧して1962年に非合法化される。 1976年、ソウェト蜂起が起こった頃になると、国外からの批判的意見や経済封鎖、国内の黒人による反乱などが重なり、国自体が苦しくなるとともに白人からもアパルトヘイトをやめようという意見が出てきた。 そして1991年についにアパルトヘイトが廃止され、その後アフリカ民族会議のリーダーで白人との共存を訴えたネルソン=マンデラが大統領に当選した。

国旗と名称

1961年、南アフリカ連邦はその名称を南アフリカ共和国に変更した。しかし、本質的に白人の国家であるということに変化はなく、その様子が黒人を象徴するようなものが一つも入っていない南アフリカ共和国の国旗に現れている。 一方、1994年以降の南アフリカ共和国の国旗は全人種の団結を表すYを中心に黒人と白人が平等であることを表す黒と白の色などが使用されている。

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