昔の人たちが築いたアジア・アフリカの歴史を学ぼう
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ヨーロッパ人と奴隷

15世紀の末、ザイール川流域のコンゴ王国にポルトガル人が訪れ、貿易が開始された。初めはアフリカから輸出されるのは象牙などだったが16席の後半あたりからアメリカ大陸にむけて黒人奴隷が輸出されるようになる。これは、アメリカの先住民たちの人口がヨーロッパ人が持ち込んだ病気により激減し、ヨーロッパ向けの砂糖農場の労働力が不足したことが原因だ。 奴隷貿易においては現地の黒人同士がヨーロッパの武器を使って奴隷狩りを行っていた。アフリカの西部ではその奴隷をヨーロッパの商人に売ることによって栄えたアシャンティ王国、ベニン王国、ダホメー王国という国が誕生した。大西洋奴隷貿易はイスラーム世界への黒人奴隷輸出とは規模が違い少なく見ても10,000,000人が運ばれていったとされている。これがアフリカの人口増加を抑え、発展を妨げる要因となった。

大西洋三角貿易について

大西洋三角貿易とはイギリス本国・アメリカ大陸・アフリカが黒人奴隷・武器・砂糖で結ばれたことを指す。 イギリスは武器やインドから手に入れた綿織物をアフリカで売り、奴隷をアメリカに運び砂糖を手に入れていた。運ぶ奴隷の数を増やすためにはインドから入手する綿織物だけでは足りず、イギリス国内での綿織物の生産が開始され、これが産業革命へとつながっていく。

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