昔の人たちが築いたアジア・アフリカの歴史を学ぼう
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文明の始まり

黄河の流域で誕生した黄河文明は周辺の長江文明などと合わさって中国の文明となっていった。他の文明に比べて黄河文明が重要なのは文字を持っていたからだ。 文明の発生と共に都市が誕生し、その都市が集まって王朝が出来上がる。ここで初めてできた王朝が殷であり、この時代から青銅器が使われるようになった。 11世紀には殷の代わりに周が誕生。周では封建制が取られていた。 無数にある都市を王がすべて治めたわけではなく、各都市ごとに治める人物を決め、そういった人々がさらに部下に何々を治めろと命令する。こうした人々は王と血縁があったり、周成立の際に功をあげた人物だった。これが周の封建制である。ただ、歳月と共に血縁は薄くなるため、宗族という同じ名字を持つ集団を意味する考えが生まれる。この観念は現在でも残っており、中国の人々は結婚しても苗字を変更しない。

イランの様子

石油が出るイランは重要な場所であるため、第一次世界大戦でロシアとイギリスが軍事占領。後にロシアが引いたため1919年にイギリスの保護国となった。 1925年、パフレヴィー朝が出来てイギリスの保護国ではなくなったが、油田は全てイギリス資本の会社のものとなっていた。 その後、近代化政策がとられたものの、貧富の差が広がるばかりだった。

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