昔の人たちが築いたアジア・アフリカの歴史を学ぼう
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文明の始まり

漢王朝は紀元前202年に劉邦によって建てられた。都は長安とされ、ここに都が置かれていた時代を前漢、都が洛陽に移されてからの時代を後漢という。劉邦は漢以前にあった秦の時代の郡県制と呼ばれる中央集権的支配耐性が評判が良くなかったことから、周時代の封建制と郡県制を合わせた郡国制という統治方法をとった。 前漢が最盛期を迎えるのは武帝の時代。しかし、その武帝の死後は外戚が政治に介入するなどして混乱。紀元後8年には漢王朝が倒れ新王朝が作られる。だが、赤眉の乱によって漢王朝がよみがえり、ここから後漢時代となる。 後漢の皇帝は豪族たちと敵対することはなかったため、豪族の下で暮らす農民たちの生活が楽になることはなかった。 また、後漢時代では匈奴との戦いに終止符が打たれるなどしたが、末期になると再び外戚などの政治介入が起こり黄巾の乱が発生。三国志の時代に突入していく。

日本との関係

当時、日本列島では文字がなかったため、その様子を知るためには中国の歴史書を見るのがいいだろう。 漢書という歴史書で初めて日本列島に関わる記述が見られる。使者が楽浪郡に送られていたようだ。 また、後漢書では日本列島からの使者が都である洛陽を訪れ、貢物を渡し、その代わりとして漢委奴国王の金印を光武帝から受け取ったという記述がされている。

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