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明王朝の時代

明は洪武帝によって建てられた王朝で、都を金陵に置いた。 1368年から1398年まで在位した洪武帝の時代では、六部が皇帝直属とされたり君臣関係を重要視している朱子学が官学になるなど皇帝支配体制が推し進められ、伝統的な中華帝国を復活させるため衛所制が定められ海禁令が出された。 1402年から1424年まで明を収めた永楽帝の時代では、北側のモンゴルに対応するため都が北京へ移された。また、内閣大学士という皇帝を補佐する役割を設置。この内閣大学士は補佐という立場上権限を増していき、ほぼ宰相と同じ役割となった。 15世紀の初めには明の威光を示すため鄭和が大艦隊と共に七回も遠征。朝貢貿易が推し進められ、室町幕府が治めていた当時の日本もこれに応じた。 永楽帝は支配を拡大するためモンゴル高原へも遠征し、その際、中国史上初めての親征を行っている。

明から清へ

豊臣秀吉の朝鮮出兵への対応などで明の財政が悪化し、その衰退が進む中で女真族が後金を満州に建国。1636年に国号を清に変更した。その頃明では宮廷内で対立などがあり1644年の農民反乱で崇禎帝が自害。明が滅亡する。 農民反乱を率いた李自成は皇帝を名乗るが明軍の呉三桂が引き入れた清に敗北。そのまま清が中国の支配を始めることになった。

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