昔の人たちが築いたアジア・アフリカの歴史を学ぼう
HOME東アジア史 > 日清戦争

日清戦争

日本が江戸時代から明治時代へと移り変わり、次々と改革が進められているころ、朝鮮半島ではゆっくり変革しようとする穏健開化派と日本の明治維新のように一気に改革しようとする急進開化派が争うようになった。しかし、急進開化派が決起した甲申政変は失敗に終わり、親日派でもあった彼らの敗北は朝鮮は日本が手助けしなければ近代化出来ないのではないかという考えを日本国内に増やすことになった。日本は清に対し、共に朝鮮の近代化を進めないかと持ちかけるが清はこれを内政干渉だとして拒否。ここから日清戦争へと発展する。 他国の介入を危惧した日本は素早く進軍し勝利。1895年の下関条約で清から遼東半島や台湾といった領土と賠償金を獲得し。そして、朝鮮を独立させた。ただ、ロシアなどが遼東半島について抗議の声を上げ、これに対抗できなかった日本は遼東半島を返還することになった。

洋務運動と変法運動

清では洋務運動という儒教の考え方を残したまま技術だけを取り入れる改革が進められていた。しかし、日清戦争の敗北で強兵という目的が達成されていない洋務運動の失敗がわかり、変法運動という新たな改革を始めた。無意味な科挙を取りやめ議会や憲法なども作ろうとしたが、この改革は西太后のクーデターにより失敗。改革の期を逃した中国は列強に分割されていく。

Back to TOP