昔の人たちが築いたアジア・アフリカの歴史を学ぼう
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東南アジアと植民地

商業の時代の終わるころ、3回行われた英蘭戦争に敗北したことをきっかけにジャワ島がオランダの植民地となった。これが東南アジアが植民地支配される始まりといえるが、まだまだ東南アジア全体には及んでいない。 16世紀の末ごろに分裂していたビルマは1752年にアラウンパヤー朝に統一された。一方、タイでは1782年にプラヤー=チャクリによってバンコク朝が建てられ、この国はほとんどがヨーロッパの植民地にされた19世紀でも独立を守り続けた。また、ヴェトナムでは農民反乱によって滅びた黎朝に変わって1802年に阮朝がつくられ、国号が大越国から越南国に変更された。この三つの王朝は国の形状が既に現在あるビルマとタイ、ヴェトナムに重なっている。そして、この国々に住んでいた当時の人々の中ではビルマやタイ、ヴェトナムという自意識の共有が生まれ始めていた。

東南アジア内の貿易

通常、人々の暮らしは自給自足が原則だが、植民地化した場合これが崩壊してしまう。宗主国が求める特産物を単一栽培しなければならなくなるため、宗主国からその需要がなくなれば貧困に陥ってしまう。これは垂直的分業といい、植民地となったどこでも体験したことだが東南アジアの場合、東南アジア内での貿易のネットワークが強かったためこの影響をあまり受けずに済んだ。

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