昔の人たちが築いたアジア・アフリカの歴史を学ぼう
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18世紀以前の様子

1736年にサファヴィー朝が滅んで以降、分裂状態だったイランを1796年にまとめたのがカジャール朝だ。 9世紀ごろ、モンゴル高原から西へ移動してきたトルコ人たちが13世紀の末にオスマン帝国を建てた。この帝国は1699年辺りでは明らかに衰退しており、オーストリアにハンガリーを割譲するカルロヴィッツ条約を結ぶなどしている。 18世紀、アフガニスタンに作られたドゥッラーニー朝は実質的にはイランのカジャール朝の臣下だった。また、インドに接するこの地域はインド防衛を考えるイギリスに狙われると同時にロシアの南下政策の要ともされたため、イギリスとロシアが互いに対立する場所となっていった。 また、西トルキスタンの辺りにはウズベク族が作った国家である、コーカンド、ボハラ、ヒヴァという三ハン国があった。この三つは全てイスラームの国家である。

イスラームの入浴

18世紀当時、イスラームの人々は日本人同様入浴を好み公衆浴場なども存在したが、湯の入れ替えを行わず、疫病の原因になってしまうほどの腐ったお湯に入っていた。当時の人々はそれを聖なる水と信じていたのだ。 イスラーム原理主義はそうした盲信や堕落から、清く正しい生活に戻るためイスラームの原点に戻ろうという考えで、アラビア半島に出来たワッハーブ派などがその表れだ。

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